縄文時代のような世界をつくりたい
私には夢があります。
縄文時代のような世界をつくりたいという夢です。
実際に狩猟採集をして、土器を作って、土や木で作られた家に住む、という話ではありません。
現代のテクノロジーなどはそのままに、縄文の精神性・世界観を再現するような世界をつくりたい。
その世界観とはどんなものか。結論を最初に書いてしまうとこうです。
誰もが自分の好きなことに自由に挑戦しながら、日々生きる喜びと成長を感じて、輝いて生きている。豊かな自然とうまく共存し、全員がアーティストとして楽しく遊ぶように、エネルギッシュにワクワクとその人らしく生きている。
こんな世界が縄文時代にはすでに実現されていたと私は思っています。
争いのない世界
縄文時代は1万年以上続いたにもかかわらず、ほぼ争いや戦争がない時代でした。
日本国内だけ見ても、ここ2千年の間に、何回の争いや戦いがあったか。歴史の授業でさんざん習ってきたことと思います。
それが、1万年以上続いた縄文時代にはほとんどなかったことが考古学的にわかっているのです。
北海道に旅行に行ったときに、たまたまこの縄文時代の説明文を読んで、不思議な衝撃を受けました。
もちろん理屈をいえば、狩猟採集文化と弥生時代から本格的に始まっていく稲作農耕文化では、社会構造や人口構造が違い、それが自ずと争いや戦いの多い世界のベースとなっていくわけです。
ただ、それをきっかけにいろいろ調べていくと、平和という要素以外にも縄文時代には素晴らしい、私が目指したい世界観が詰まっていました。

縄文土器の素晴らしさ
たとえば、縄文土器。
あの装飾性はほんとうに素晴らしい。
見る度に、なぜかドキっとさせられます。土器だけに(笑)
岡本太郎が絶賛したように、縄文土器は、人間の躍動感とか生命力を爆発的に表現した、超芸術作品です。
それが1万年以上前に、つくられていた。
博物館ではよく隣に並べられる弥生土器は、縄文土器と比べると、明らかに「退化」しています(もちろん弥生時代のほうが新しいのですが)。
弥生土器の装飾は基本的に退屈なものが多く、装飾があっても実用的であり、生命の躍動感みたいなものは消えてしまっているのです。
さらに、弥生以後の芸術作品や建造物は、基本的に時の権力者によって作られていますが、縄文時代のそれは、たぶんそこらへんのおばちゃんが作っていた(縄文土器を男女どちらが作っていたのかには諸説あります)
※上記はすべて縄文土器の写真。すべて私が撮影して一言メッセージを入れたものです。
全員がアーティストの世界
僕の想像では、縄文人全員がアーティストだったと思っています。自らの命のエネルギーを、土器や土偶に代表されるようなものに自由に、思いのままに表現していた。
私は一時期狂ったように、関東近郊の博物館や美術館を巡っていたことがあります。
息子は毎週末、車で数時間かかるところに連れていかれ、土器と向かい合う変な父親に付き合ってくれました(笑)
何が私を突き動かしていたのかは分かりませんが、土器の写真を撮るためだけに30万円近くするカメラとレンズを買ったりしました。
だいたいアクリルケースの中に入っていたり、ガラスの奥に展示されていたりするので、高いカメラの良さなんて今思えばほとんど活かせないのに、アホですよね。
でも、たぶん、その縄文土器が放っているアーティスト性に私は勝手に打たれたんだろうと思います。
胸の奥底をぐわっと掴まれるような、ゾワッとする感覚を、土器を見るたびに感じていました。そこには、縄文人が表現した生命の躍動のようなものがあります。
このアーティスト性は、縄文土器だけではなくて、生活全般に対してそうだったでしょう。
たとえば、あまり知られていませんが、耳飾りなんていうものも大量に発掘されています。それが、どれもデザイン性が本当に素晴らしいのです。
もちろん言うまでもなく土偶というのも、そうした現れだと思います。
自分らしさや生命の情熱、命の喜びみたいなものを、その人らしくその人なりに表現していた。
人々は自由に、自然体で、その人のベストを発揮しながら、とても楽しく暮らしていたでしょう。輝いて生きていた。
文字文献のない時代なので、人々がどんなふうに生きていたのかはあくまで想像でしかないのですが、縄文土器や土偶を見てそのエネルギーを感じると、そんな確信が湧いてくるのです。
自由と挑戦、喜び
さらに、縄文時代には生命としての自由と挑戦があったのではないかと感じています。
たとえば、交通網がまったく発達していなかった時代にもかかわらず、新潟でしか取れない翡翠が関東や東北地方、北海道などでも発掘されています。
これは誰かが長距離を旅をしていたことを示している。
もちろん一人が全行程を踏破したわけではなく、たとえばその翡翠は村から村へと伝わっていっただけかもしれません。
それでも人々は村々を行き来していたことは確実で、それは他のいろんな証拠からも分かっています(同じ時期の土器が似通っているのもその証拠)。
縄文時代には舗装された道や車も当然ないわけですから、隣の村に行くのにも、現代人から見たらちょっとした冒険でしょう。
そんなリスクのある行為をやっていた裏側には、自由と挑戦の気質が見え隠れしているように感じるのです。
当然、優れた資源を取りに行ったり、それによって生活が向上する、命を守るという目的での遠征もあったことでしょう(黒曜石は実用性が高いので、おそらくそうした目的の遠征もあったでしょう)
ただ、そうした利便性や実用性のためだけではない、生命体としての自由・挑戦のようなものを謳歌していたような気がするのです。
その気質が少しでもなければ、あれだけ芸術性豊かな土器や土偶を作ったりすることはできないと思っています。
また、縄文時代は人々が自然ともうまく共存していたことは、さまざまな研究からも分かっています。
いま風にいえば、持続可能なかたちで自然と付き合っていたのが縄文時代だったのです。
目指す社会像
下記は以前ツイートした自分の投稿。
労働時間についても、現代に残っている少ない狩猟採集社会の研究から、縄文時代も1日3−4時間だったのではないかということが分かっています。
つまり、どうも縄文時代というのは、現代人が心の底で目指している社会そのものではないのか?という気がしてくるのです(科学技術は除いて)。
争いがない、格差がない、階層がない、労働時間が短い、豊かな精神性、実用性を超えたアートや表現に対する自由、自然との共存、シェアする文化、旅や冒険を許容する自由…
自由、挑戦、美、あそび、探求、楽しみ、自発性、自然と触れ合う喜び…こうしたキーワードで表されるような縄文ワールド。
誰もが自分の好きなことに自由に挑戦しながら、日々生きる喜びと成長を感じて、輝いて生きている。豊かな自然とうまく共存し、全員がアーティストとして楽しく遊ぶように、エネルギッシュにワクワクとその人らしく生きている。
そんな社会・世界を、現代でもつくりたい。
世界を変えるのはすこし先かもしれないので、まずは自分がそういうコミュニティをつくっていきたいと思っています。
この夢の実現に一歩でも近づけられるような、そんな仕事や活動をしていきたいと思っています。
